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東京高等裁判所 昭和62年(ネ)3755号 判決 1988年5月31日

控訴人 横沢本衛

右訴訟代理人弁護士 三枝基行

被控訴人 松井忠夫

右訴訟代理人弁護士 才口千晴

同 北澤純一

被控訴人 堀内寛一

右訴訟代理人弁護士 黒沢辰三

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らは各自控訴人に対し、金一八〇〇万円及びこれに対する昭和六一年一二月二八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

主文第一項同旨。

第二当事者の主張

当事者双方の主張は次のとおり付加するほかは、原判決の事実摘示中「第二 当事者の主張」欄(原判決二枚目表一〇行目冒頭から同六枚目裏四行目末尾まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決三枚目裏四行目末尾「阻止しなかった。」の次に以下のとおり加える。

「なお、仮に被控訴人らが同社の取締役を任期終了により退任または任期中途で辞任したとしても、同社の取締役は右山口と被控訴人ら二名の計三名であったから、商法二五八条一項により新たに選任される取締役が就任するまでは、被控訴人らは同社の取締役としての権利義務を有する。」

二  同三枚目裏五行目の「取締役」の次に「又は商法二五八条一項による取締役としての権利義務を有する者」を加える。

三  同四枚目裏九行目末尾「なくなった。」の次に以下のとおり加える。

「なお、商法二五八条一項の規定は、昭和五一年に被控訴人松井が取締役を辞任してのち、同五九年に至るまで取締役の選任をしないヤマグチスポーツ用品のような株式会社に適用があるか疑問であるし、同社においては、被控訴人松井が退任しても業務執行に影響がなく、そもそも取締役会自体がまったく開催されず、しかも被控訴人松井は取締役の登記の抹消を求めていたのであって、被控訴人松井としては、取締役としての注意義務に欠けるところはなかったものである。」

四  同六枚目表末行「している。」の次に以下のとおり加える。

「ヤマグチスポーツ用品は、昭和五三年三月三一日に山口及び被控訴人両名が取締役に就任した旨の登記を、同年六月九日付でしており、しかも被控訴人堀内はその事実を全く知らなかったのであるから、一応右登記の時点で取締役が選任されたものというべく、商法二五八条一項の責任は解除されている。右条文の立法趣旨は、株式会社の業務執行が空白になることを防ぐために退任した取締役に暫定的にその責任を負担させるということにあり、それからしても、被控訴人堀内が、昭和四三年に退任してから昭和五九年に至るまでもの間、同条により取締役の責任を負担するものと解することは到底できない。」

第三証拠関係《省略》

理由

一  控訴人がヤマグチスポーツ用品に対して本件手形金債権を有するか否か、又は控訴人が本件手形の買戻債権を保全するために、大喜商事のヤマグチスポーツ用品に対する右手形金債権等を代位行使できるか否かについての判断はひとまずおいて、被控訴人らにヤマグチスポーツ用品の取締役若しくは商法二五八条一項による取締役としての権利義務を有する者として又は登記簿上の取締役として、同社の代表取締役である山口の本件手形振出等の業務執行に関し、商法二六六条ノ三第一項に基づく責任を負担するか否かについて判断する。

二  まず控訴人は、被控訴人らが昭和五九年一〇月二四日ころヤマグチスポーツ用品の取締役又は商法二五八条一項による取締役としての権利義務を有する者であったから、代表取締役である山口の職務執行を監視すべき義務があり、被控訴人らは同社の財務状態の悪化を知りながら、重大な過失によって右山口の本件手形振出行為を阻止しなかった旨主張するので、以下に検討する。

《証拠省略》によると、昭和五三年三月三一日に同社の取締役として山口及び被控訴人ら三名が選任されたとの登記が、同年六月九日付でなされているところ、それ以前においても同社の取締役は右三名と登記されていたこと、被控訴人松井は、ヤマグチスポーツ用品(当時の商号は長野学校衣料品販売株式会社)が設立された昭和四一年以来の取締役であり、またその株主でもあったが、昭和五一年一二月二九日独立して仕事を始めるため、同社の取締役を辞任し、所有する同社の株式も譲渡し、債権債務関係一切を清算して同社との関係はなくなったこと(もっとも同社の金融機関に対する債務の保証人としての責任は、昭和五八年になって解除された。)、そしてその際被控訴人松井は山口に対し、取締役の登記の抹消をも求めたこと、また被控訴人堀内は長野県のバスケットボール協会の重鎮であったことから、頼まれて設立時から同社の非常勤の取締役となったが、二年の任期の経過をもって退任し、その後は同社及び山口とまったく関係がなくなっていたこと、ところが控訴人は、新しい取締役を選任せず、右取締役の登記をそのままに放置したばかりか、昭和五三年になって、同社が商法四〇六条ノ三による休眠会社として整理されそうになったため、被控訴人らがそのまま取締役として留任したことにし、山口において被控訴人らの印鑑等を勝手に作り、前記取締役就任の登記手続をしたものであること、なお、ヤマグチスポーツ用品は設立以来株主総会は勿論、取締役会を開催したこともない、典型的な同族会社であったこと、以上の事実を認めることができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によると、被控訴人らがヤマグチスポーツ用品の取締役を辞めて後も、新しい取締役が選任されず、その員数に欠けていたのであるから、商法二五八条一項に基づき、被控訴人らは同社の取締役としての権利義務を一応有することになるものと認められる。しかしながら、元来、右の権利義務は、株式会社の業務の執行が空白になることを防ぐために、新たに選任された取締役が就任するまでの間暫定的に、法律により特別に認められたものであり、新たな取締役を選任するについて特段の障害があったことをうかがわせる事情も認められない本件にあって、被控訴人らが辞任又は退任してから七年または一五年以上も経過して昭和五九年に至ってもなお、被控訴人らに、それまでの間事実上業務の執行に特段支障の生じていたとも認められないヤマグチスポーツ用品について、その財政状態を把握し、山口の代表取締役としての職務執行を取締役会の開催を求めるなどして監視すべき義務を尽くすことを期待するのは困難であり、被控訴人らが右山口の手形振出行為を阻止しなかったとしても、これをもって被控訴人らに重大な過失があるとすることはできないというべきである。

してみると、被控訴人らがヤマグチスポーツ用品の取締役又は商法二五八条一項による取締役としての権利義務を有する者であることを理由とする商法二六六条ノ三第一項に基づく損害賠償請求は理由がない。

三  次に控訴人は、被控訴人らが取締役または商法二五八条一項による取締役としての権利義務を有する者としては、同法二六六条、三第一項の責任を負わないとしても、過失によって不実の登記をした者に当たり、同法一四条の類推適用により、善意の第三者である控訴人に対し登記の不実であることを対抗できないから、取締役としての損害賠償責任を負う旨主張する。

前認定によると、被控訴人らはいずれもヤマグチスポーツ用品の取締役を辞任または退任したが、取締役の員数に欠けるから、新たに取締役の選任があるまで、商法二五八条一項による取締役の権利義務を負うことになるが、同社の代表取締役山口は、新たな取締役の選任をし、被控訴人らが同社の取締役を退任した旨の登記手続をするどころか、休眠会社として登記を抹消されることを避けるため、昭和五三年六月には、勝手に被控訴人らを取締役に選任したとして不実の登記を経由したことが認められる。

ところで、いったんは取締役に就任したものの、これを辞任または退任した者が、その後にされた取締役選任の登記が不実すなわち取締役の選任がなされていないため、商法二五八条一項により引続いて取締役としての責任を一応負うことになる場合には、その責任のほかに辞任または退任後された不実の登記についての商法一四条の類推適用によって更に別個の責任が生ずるものと解することはできないが、仮に商法二五八条一項により取締役としての権利義務を有する者が同法二六六条ノ三第一項所定の重過失がないとしてその責任を否定されたときは更に不実の登記についての商法一四条の類推適用によって責任を負うことがあるものと解するとしても、それには、右取締役の権利義務を有する者が不実の登記の現出について承諾を与えるなどの特段の事情の存することが必要であると解すべきである。ところで、被控訴人らについて右のような特段の事情が存するとは、本件全証拠によってもこれを認めることができないから、その余の点について判断するまでもなく、控訴人の右主張は理由がない。

四  よって、控訴人の被控訴人らに対する請求は、いずれも理由がなく失当としてこれを棄却すべきところ、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 越山安久 裁判官 鈴木經夫 浅野正樹)

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